精神障害の労災認定が7年連続で過去最多に。人事労務が今すぐ取り組むべき「メンタルヘルス対策」と「職場環境の改善」

近年、働く人々のメンタルヘルスを取り巻く状況は大きな変革期を迎えています。

厚生労働省が公表した最新の「過労死等の労災補償状況」データによると、仕事の強いストレスなどが原因で精神障害を発症し、労災として認定された件数は1,000件を超え、7年連続で過去最多を更新いたしました。また、労災申請(請求)件数についても右肩上がりで増加を続けており、過去最高を大幅に塗り替えています。

このニュースは、単なる「社会全体の健康問題」にとどまりません。ひとたび従業員が精神障害で労災認定を受ければ、企業の生産性低下や人手不足の加速はもちろんのこと、安全配慮義務違反に伴う損害賠償請求や、企業イメージの毀損(レピュテーションリスク)など、経営そのものを大きく揺るがす深刻な事態へと発展します。

なぜこれほどまでに精神障害の労災申請・認定が増え続けているのか。

そして、企業は従業員の心身の健康を守り、組織のリスクを回避するために何を行うべきなのでしょうか。

本記事では、厚生労働省の公表データから読み解く現状と背景、労災認定における最新の判定基準、そして経営者や人事労務担当者が現場で実践すべき具体的な防止策・実務対応について、専門家の視点からわかりやすく解説します。

目次

1. データで見る「精神障害の労災認定」の現在地

まずは、厚生労働省の統計データをもとに、現在の発生状況とその実態を正しく把握しておきましょう。

① 申請・認定件数ともに「過去最多」を更新

精神障害による労災支給決定(認定)件数は1,082件となり、7年連続で過去最多を更新しました。

また、労働者や遺族からの精神障害による労災請求(申請)件数も4,958件(前年度比1,000件以上の大幅増加)に達し、申請・認定の双方において急増傾向が続いています。

さらに見過ごせないのは、精神障害が原因で自死(自殺・自殺未遂含む)に至り、労災認定された件数も多数含まれている点です。従業員の生命に関わる極めて重いテーマであることがデータからも浮き彫りになっています。

② 心理的負荷(主な原因)のトップは「パワハラ」

労災として認定された事案において、精神障害を発症した直接のきっかけ・要因(心理的負荷となる出来事)として最も多く挙げられているのが「上司等からのパワハラ(パワーハラスメント)」です。

主な原因の構成は以下の通りです。

  • 上司等からのパワーハラスメント
  • 仕事の量・内容の著しい変化(激務・過重労働)
  • 悲惨な事故や事件の体験・目撃
  • 顧客や取引先からの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント/カスハラ)

近年特に注目されているのが、顧客や取引先からの度を超えたクレームや暴言である「カスタマーハラスメント(カスハラ)」によるメンタル不調の増加です。従来のような「社内での人間関係や長時間労働」だけでなく、「社外からのストレス要因」によって追い詰められるケースが著しく増えています。

2. なぜ精神障害の労災認定が増え続けているのか?(3つの背景)

7年連続で最多を更新している背景には、単に「過酷な職場が増えた」という理由だけでなく、社会的・構造的な環境の変化が複雑に絡み合っています。

背景①:従業員側の「メンタル不調」に対する心理的ハードルの低下と権利意識の高まり

従来は「メンタルが弱いと思われるのが嫌だ」「精神科や心療内科に通うことを周囲に知られたくない」という心理的抵抗感から、不調を隠して我慢する傾向が強くありました。

しかし、近年はメンタルヘルスに関する啓発が進み、「心の不調は専門医に相談すべきもの」「仕事が原因の不調であれば労災申請ができる」という認識が一般的になりました。これにより、隠れていた不調や潜在的な被害が表面化し、申請件数の押し上げにつながっています。

背景②:労災認定基準の改定(心理的負荷評価表の見直し)

厚生労働省は、近年の就労環境の変化に対応するため「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」を順次改定しています。

改定により、以下のような点が明記・明確化されました。

  • 「パワーハラスメント」の出来事区分の独立・明確化
  • 「カスタマーハラスメント」や「感染症に関連するリスク」などの新項目の追加
  • 「長時間労働」と他のストレス要因(人間関係等)の複合評価の柔軟化

評価の明確化によって労働基準監督署による審査がスムーズになり、これまで「業務との因果関係が曖昧」と判断されやすかったケースでも、適切に労災認定される体制が整ったことが認定数増加の一因です。

背景③:人員不足と業務の高度化・複雑化による「慢性的な高ストレス」

少子高齢化に伴う労働力不足により、多くの企業で「一人ひとりの業務負荷」が増大しています。

さらに、ITツールの導入やDX推進などにより、短時間で高い成果や対応スピードが求められるようになった結果、従業員が脳や心身を休める余裕を失い、慢性的なストレスを抱えやすい労働環境が生まれています。

3. 企業が追う法的リスクと「安全配慮義務違反」の恐怖

もし自社の従業員が精神障害を発症し、労災認定を受けた場合、企業にはどのようなリスクや影響が及ぶのでしょうか。「労災保険から給付が出るから大丈夫」と楽観視することは極めて危険です。

Risk 1:安全配慮義務違反による「損害賠償請求」

労災保険から支給されるのは、医療費(療養補償)や休業時の一部所得補償(休業補償)などに限られます。慰謝料や将来得られるはずだった利益(逸失利益)はカバーされません。

そのため、被災した従業員やその遺族から「会社が適切なハラスメント対策や労働時間管理を行っていなかった(安全配慮義務違反)」として、民事上の損害賠償請求訴訟を起こされるケースが多発しています。精神障害や自死が絡む訴訟では、数千万円の賠償金の支払いが命じられる判決も少なくありません。

Risk 2:企業イメージ・採用力の低下(レピュテーションリスク)

労災認定や裁判の事実が公表されたり、SNS等で拡散されたりすると、「ブラック企業」「ハラスメントを放置する会社」というレッテルが貼られます。

一度失った企業ブランドや信頼を回復することは容易ではなく、新卒・中途採用における応募者の激減や、内定辞退率の悪化に直結します。

Risk 3:現場の荒廃とさらなる離職の連鎖

一人の従業員がメンタル不調で長期休業や退職に追い込まれると、その分の業務が残された周囲のメンバーに重くのしかかります。

過重労働の連鎖が生じることで、他の従業員も次々と体調を崩して離職していくという「組織崩壊の悪循環」に陥るリスクがあります。

4. 経営者・人事労務が今すぐ取り組むべき「5つのメンタルヘルス予防策」

精神障害による労災リスクを防ぐために、企業は「不調者が出てから対応する」のではなく、「不調者を出さない仕組み作り」へシフトしなければなりません。厚生労働省が推奨する「4つのケア(セルフケア、ラインによるケア、事業場内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源によるケア)」を軸に、以下の5つの対策を徹底しましょう。

対策①:ハラスメント防止対策の「実質化」(パワハラ・カスハラ)

法改正により中小企業にもパワハラ防止措置が義務付けられていますが、「規程を作って社員に周知しただけ」の形骸化した状態になっていないでしょうか。

  • 経営トップからのメッセージ発信:「ハラスメントは絶対に許さない」という強い姿勢を継続して示す。
  • 管理職向けハラスメント研修の定期実施:「厳しい指導」と「パワハラ」の境界線を正しく理解させる。
  • 実効性のある相談窓口の設置と周知:社内窓口だけでなく、匿名でも相談しやすい社外の専門窓口(社労士事務所や外部カウンセリング機関など)を設置する。
  • カスハラ(カスタマーハラスメント)対策マニュアルの整備:顧客からの悪質な要求や暴言に対し、従業員一人に抱え込ませず、組織として毅然と対応する体制を構築する。

対策②:労働時間の正確な把握と「過重労働」の是正

長時間労働は、それ自体が精神障害の引き金になるだけでなく、睡眠不足を引き起こしてストレス耐性を著しく低下させます。

  • タイムカードやPCのログ時間を活用し、隠れ残業やサービス残業を含めた「客観的な労働時間」を正確に把握する。
  • 時間外労働が一定時間を超えた従業員に対しては、医師による面談指導を徹底し、業務量の調整や配置転換を迅速に行う。

対策③:ストレスチェック制度の有効活用と「集団分析」

常時50人以上の労働者を使用する事業場では年1回の「ストレスチェック」が義務付けられていますが、単なる法定義務の消化で終わらせてはいけません。

  • 高ストレス者への個別フォロー:医師の面接指導を促し、必要な就業上の措置(残業禁止、業務軽減など)を講じる。
  • 「集団分析」結果の現場還元:部署ごとのストレス傾向を分析し、「特定の部署だけストレス値が極端に高い」「総合健康リスクが高い」といった場合に、その部署の業務負荷や人間関係、マネジメントスタイルを改善する。

対策④:ラインケア(管理職による初期対応)の強化

従業員の異変に最も早く気づけるのは、現場で日々の業務を共にする直属の上司(管理職)です。

「いつもより遅刻や欠勤が増えた」「会話が減った」「急に仕事のミスが増えた」「服装や身だしなみに乱れがある」といった『いつもと違う様子(サイン)』に気づいた際、放置せずに声をかけ、人事や産業医に相談できる体制を整えておくことが、重症化を防ぐ最大の鍵となります。

対策⑤:「休職・復職支援プログラム」の整備

不幸にも従業員がメンタル不調で休業することになった場合に備え、あらかじめ「復職支援フロー」を明確にしておくことが重要です。

主治医の診断書だけで安易に復職を認めると、業務に耐えられずすぐに再発・再休職に至るケースが後を絶ちません。

「休職中の連絡方法」「復職判定の基準(リワークプログラムの利用や産業医面談)」「復職後の段階的な勤務(試し出社、時短勤務など)」を定めた復職マニュアルを整備し、主治医・産業医・会社・本人が連携して復職を進める体制を整えましょう。

5. まとめ:従業員のメンタルヘルスを守ることが、企業を守ることにつながる

「精神障害による労災認定が7年連続で過去最多」という現実は、日本社会全体の働き方が大きな曲がり角に来ていることを物語っています。

メンタルヘルス対策を「単なるコスト」や「従業員への福利厚生」と捉える時代は終わりました。現在では、従業員が安心して健全に働ける環境を整えることは、法的リスクを回避し、組織の持続可能性を高めるための「重要な経営投資(健康経営)」そのものです。

「社内でハラスメントの相談が寄せられているが、どう対応していいかわからない」

「ストレスチェックの結果をどのように組織改善に活かせばいいか悩んでいる」

「メンタル不調による休職・復職に関する社内規定を見直したい」

このようなお悩みをお持ちの経営者様・人事労務担当者様は、ぜひ一度 大神人事労務事務所 にご相談ください。

当事務所では、規程整備のほか、外部相談窓口サービスもご提供しております。

制度への対応をご検討の際は、お気軽にご相談ください。

従業員と企業がともに成長し、安心して働ける健全な職場環境づくりを、私たちが全力でバックアップいたします。

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